「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として2000年にユネスコ世界遺産に登録された沖縄屈指の名城跡。沖縄県中頭郡中城村・北中城村にまたがる標高約160mの丘陵に立ち、南から北へ**一の郭・二の郭・三の郭・北の郭・南の郭・西の郭**の6つの郭が地形に沿って連なる。城域面積は約12.3ヘクタールにおよぶ。
石垣には3種の積み方が時代を追って刻まれている。最古層の**野面積み(のづらづみ)**は粗割りの石を積んだ最初期の技法、次世代の**布積み(ぬのづみ)**は整形した石材を水平に目地を揃えて積む方法、そして護佐丸が完成させた高度な**相方積み(あいかたづみ)**は多角形の石を複雑に噛み合わせる「亀甲乱れ積み」とも呼ばれ、モルタルなしで大砲の衝撃を吸収できるほどの強度を持つ。三種の技法が1カ所で観察できる点は学術的にも唯一無二の価値をもつ。
1853年(嘉永6年)3月、ペリー提督率いる黒船艦隊…
中城城の草創は14世紀後半にさかのぼる。先中城按司(さちなかぐすくあじ)が数代にわたって南の郭・西の郭を中心に石垣を積み重ね、按司の居館として機能させた。15世紀前半、読谷山(よみたんざ)按司として座喜味城(読谷村)を本拠としていた**護佐丸盛春**(?〜1458年)が尚巴志王の命を受けて中城に移住し、一の郭・二の郭・三の郭・北の郭を大規模に拡張・整備した(1440年頃)。護佐丸は琉球きっての築城の名手であり、三の郭・北の郭の精緻な相方積み石垣は彼の技術的到達点を示す。完成した中城城は当時の琉球で最も堅固な城とされた。
しかし護佐丸の栄光は長くは続かなかった。1458年(泰久9年)、勝連按司…