岩倉具視(1825〜1883年)は公家出身の明治維新の立役者。孝明天皇の側近として朝廷内の政治に関わり、当初は公武合体(こうぶがったい・幕府と朝廷の協調)を推進した。しかし安政の大獄(1858〜1860年)後の攘夷(外国排斥)派との対立で朝廷内での立場を失い、文久2年(1862年)から岩倉の里に「幽棲(ゆうせい・閉居)」を余儀なくされた。岩倉で過ごした5年間(1862〜1867年)、具視は西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允ら倒幕派志士と秘密裏に連絡を取り、明治維新の計画を練った。王政復古の大号令(1868年1月3日)では中心的役割を担い、明治政府の最高実力者のひとりとなった。明治4年(1871〜1…