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大超寺
京都府
左京区岩倉花園町に位置する浄土宗の寺院で…
創建
1600
種別
寺院
アクセス
京都府京都市左京区岩倉花園町640番地の2
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基本情報
寺院
創建 1600
426年目
宗派
浄土宗
概要
左京区岩倉花園町に位置する浄土宗の寺院で、明治維新の立役者・岩倉具視(いわくらともみ、1825〜1883年)が幽棲(ゆうせい)した「岩倉(いわくら)」の里に立つ。「大超(だいちょう)」は大いに超えること・一切の迷いを超えた悟りの境地を意味し、仏教の究竟の理想を寺号に示す。岩倉は比叡山の西山麓に位置する閑静な里山で、安政の大獄(1858〜1860年)後に攘夷派との対立で京都を追われた岩倉具視が5年間潜伏した「岩倉具視幽棲旧宅(史跡・重要文化財)」が残る。実相院(いわくらじっそういん)・圓通寺(えんつうじ)など、門跡寺院や名庭で知られる北区・左京区の寺院地区。
由緒
岩倉具視(1825〜1883年)は公家出身の明治維新の立役者。孝明天皇の側近として朝廷内の政治に関わり、当初は公武合体(こうぶがったい・幕府と朝廷の協調)を推進した。しかし安政の大獄(1858〜1860年)後の攘夷(外国排斥)派との対立で朝廷内での立場を失い、文久2年(1862年)から岩倉の里に「幽棲(ゆうせい・閉居)」を余儀なくされた。岩倉で過ごした5年間(1862〜1867年)、具視は西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允ら倒幕派志士と秘密裏に連絡を取り、明治維新の計画を練った。王政復古の大号令(1868年1月3日)では中心的役割を担い、明治政府の最高実力者のひとりとなった。明治4年(1871〜1…
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