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林丘寺
京都府
左京区修学院林ノ脇に位置する臨済宗南禅寺派の門跡尼寺(もんぜきあまでら)で…
創建
1654
種別
寺院
アクセス
京都府京都市左京区修学院林ノ脇30番地
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基本情報
寺院
創建 1654
372年目
宗派
臨済宗南禅寺派
概要
左京区修学院林ノ脇に位置する臨済宗南禅寺派の門跡尼寺(もんぜきあまでら)で、後水尾天皇(ごみずのおてんのう、1596〜1680年)の皇女・文智女王(もんちじょおう・光子内親王、1619〜1697年)が承応3年(1654年)に開創した。「林丘寺(りんきゅうじ)」の名は修学院の里山の丘に林(もり)が広がる地勢から名付けられたとも伝わる。後水尾天皇が造営した修学院離宮の近くに位置し、皇族とゆかりの深い門跡寺院として江戸時代以来の格式を今に伝える。境内は非公開だが、修学院離宮の周辺を彩る文化的・歴史的景観の重要な一角を成す。
由緒
後水尾天皇(1596〜1680年)は徳川幕府との緊張関係の中で在位し、幕府の朝廷介入(禁中並公家諸法度・紫衣事件など)に対して抵抗を示しながら、文化活動に活路を見出した天皇。寛永9年(1632年)に女帝・明正天皇(娘)に譲位した後も後水尾院として権威をもち続け、修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)の造営(1655〜1659年)に代表される庭園・茶道・和歌・書道などの「寛永文化」の庇護者となった。 文智女王(もんちじょおう・光子内親王、1619〜1697年)は後水尾天皇の第1皇女で、若い頃から仏道に帰依し、承応3年(1654年)に修学院の里に林丘寺を開創した。文智女王は禅の修行を重ね、南禅寺派の…
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