後水尾天皇(1596〜1680年)は徳川幕府との緊張関係の中で在位し、幕府の朝廷介入(禁中並公家諸法度・紫衣事件など)に対して抵抗を示しながら、文化活動に活路を見出した天皇。寛永9年(1632年)に女帝・明正天皇(娘)に譲位した後も後水尾院として権威をもち続け、修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)の造営(1655〜1659年)に代表される庭園・茶道・和歌・書道などの「寛永文化」の庇護者となった。
文智女王(もんちじょおう・光子内親王、1619〜1697年)は後水尾天皇の第1皇女で、若い頃から仏道に帰依し、承応3年(1654年)に修学院の里に林丘寺を開創した。文智女王は禅の修行を重ね、南禅寺派の…