蓮華寺の前身は京都の別の地にあったとされるが、応仁の乱(1467〜1477年)の兵火により焼失した。寛文2年(1662年)、加賀藩士・今枝近義が現在の洛北・高野川沿いの地に再興し、天台宗の寺院として再出発させた。今枝近義は加賀前田家に仕えた武士であり、江戸時代前期の文化人・武将として知られる。この再興に際し、詩人・書家で著名な石川丈山(1583〜1672年)が庭園の作庭に関与したと伝わり、池泉回遊式の庭園は書院から額縁庭園として眺める構成が特徴的である。山門前に立つ六体の石仏は、近江坂本の旧安養院から移されたものとされ、仏教文化の継承を物語る。江戸時代を通じて静かな山里の天台寺院として存続し、…