応永22年(1415年)、浄土宗の僧・了誉聖冏(りょうよしょうげい)の弟子である定誉友桂によって開山されたと伝わる。正式名称は無量山寿経寺。当初は小規模な寺院であったが、慶長7年(1602年)に徳川家康の生母・於大の方がこの地で没すると、家康は篤い孝心から大規模な伽藍整備を命じ、寺は一躍江戸有数の名刹となった。於大の方の法名「伝通院殿」がそのまま寺の通称となり、以後「伝通院」の名で広く知られる。江戸時代を通じて徳川将軍家との深い結びつきが続き、千姫・豊臣秀頼の娘である天秀尼など将軍家ゆかりの女性たちが葬られた。増上寺・霊巌寺と並ぶ江戸三大浄土宗寺院の一つとして隆盛を誇った。幕末の文久3年(18…