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源覚寺
東京都
寛永元年(1624年)開山の「こんにゃくえんま」、老婆の眼病を引き受けた右目が濁る閻魔像と7月えんま祭りが江戸以来の庶民信仰を伝える小石川の古刹
創建
1624 年
種別
寺院
アクセス
東京メトロ後楽園駅から徒歩3分
東京都文京区小石川2-23-14
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基本情報
寺院
創建 1624年
402年目
御祭神・御本尊
閻魔大王
開基・創建者
定誉随波
宗派
浄土宗
→
概要
「こんにゃくえんま」の愛称で親しまれる寛永元年(1624年)開山の浄土宗寺院。眼病を患った老婆が閻魔大王にこんにゃくを供えて祈願し快癒したという伝説で有名。閻魔堂の閻魔大王像は右目が濁っており、老婆の眼病を引き受けたとされる。江戸時代から庶民の信仰を集め、後楽園・東京ドームにも近い小石川の下町に位置する。7月のえんま祭りは縁日の露店が並び毎年多くの人で賑わう夏の風物詩。東京メトロ後楽園駅から徒歩3分。
由緒
源覚寺は寛永元年(1624年)、了誉廓然上人によって開山された浄土宗の寺院である。小石川の地に創建されて以来、江戸の庶民信仰の拠点として栄えた。寺が広く知られるようになったのは、閻魔大王にまつわる伝説による。眼病を患う老婆が閻魔堂に詣でてこんにゃくを供え続けたところ、病が平癒したと伝わる。以来、閻魔堂に安置された閻魔大王像の右目は濁っており、老婆の病を引き受けた証とされる。この伝説から「こんにゃくえんま」の愛称が定着し、江戸時代を通じて多くの参拝者が訪れた。明治維新後も廃仏毀釈の影響を受けながらも法灯を守り続け、関東大震災(1923年)や第二次世界大戦の戦禍においても寺院としての歩みを絶やさな…
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