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岩屋城跡
福岡県
高橋紹運が763名で島津の大軍を迎え撃った悲壮の山城
創建
1586 年
種別
参拝済
行きたい
アクセス
西鉄太宰府駅から徒歩約40分(車で焼米ヶ原駐車場まで行き、徒歩約15分)
福岡県太宰府市観世音寺
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基本情報
創建 1586
440年目
概要
四王寺山の中腹、標高281mに築かれた戦国時代の山城跡。天正14年(1586年)、島津氏の九州侵攻に対し、大友家の武将・高橋紹運がわずか763名の兵で籠城し、半月にわたる激戦の末に玉砕した「岩屋城の戦い」の舞台として知られる。本丸跡からは太宰府の街並みを一望でき、道を挟んだ二の丸付近には紹運の墓が残る。
由緒
天正14年(1586年)7月、九州制覇を目指す島津氏の大軍が筑前に侵攻すると、大友家の武将・高橋紹運は宝満城を次男・統増に託し、自らはわずか763名の兵で岩屋城に籠城した。島津方の再三の降伏勧告を拒絶し、半月におよぶ激戦の末、7月27日に城兵もろとも玉砕した。この抵抗が豊臣秀吉の九州平定軍到着までの時間を稼ぎ、島津氏の勢いを削ぐ結果となったと評価される。紹運の嫡男・立花宗茂はこの報を受けながらも立花山城を守り抜き、後に「西国一の侍」と称えられる名将へと成長した。
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