680年頃、天智天皇が661年に百済救援の途上で崩御した母・斉明天皇の菩提を弔うため発願されたと伝わる。創建には長期を要し、完成は8世紀初頭とされる。奈良時代には法相・華厳・律など諸宗の学問を修める九州随一の官寺として栄え、746年には鑑真来日後に戒律の教えが広められた。最澄や道鏡ら名僧も当寺で修学したと伝わる。平安時代以降、律令制の衰退とともに寺勢は徐々に衰えた。中世には兵火や政情不安により伽藍の多くが失われ、往時の広大な境内は礎石のみを残すこととなった。近世以降も小規模な堂宇が維持され、宝物館には創建期から伝わる梵鐘(国宝)をはじめ、多数の仏像・工芸品が国宝・重要文化財として保存されている…