白金台の高台に広がる約1万2千坪の日本庭園を有する総合迎賓施設で、その敷地は江戸前期・徳川家康に仕えた旗本大久保忠教(通称・彦左衛門、1560-1639)の屋敷地を起源とする——当地周辺の一部がそれに当たるとされる。その後、薩摩藩島津家の抱屋敷(別邸)となり、明治維新を経て明治期には渋沢栄一の従兄弟にあたる実業家・渋沢喜作(成一郎、1838-1912)の手に渡った。渋沢喜作は幕末に一橋慶喜に仕えた彰義隊結成メンバーで、戊辰戦争後に許され実業界へ転じた人物で、当時の庭園は「渋沢邸」として知られた。大正4年(1915年)頃、日立鉱山・日立製作所などを擁する久原財閥の創始者・久原房之助(1869-1965)が取得し、現在見る庭園の基本形が整備された。昭和18年(1943年)から料亭・結婚式場として営業開始、現在は株式会社八芳園が運営する東京屈指のガーデンレストラン・ウェディング・パーティー会場と…