伝承では654年に役小角がこの地に至り、白い大岩の上に十一面観音を安置したのが寺名の由来とされる。和銅4年(711年)には聖武天皇の勅願により伽藍が建立されたと伝わる。平安後期には源義家が奥州征伐の戦勝祈願を行い、源頼朝ら東国武家の崇敬篤く、鎌倉幕府の保護を受けて栄えた。戦国期には武田信玄の上野侵攻に伴う兵火で堂塔を焼失したが、武田勝頼により再興された。現存する観音堂は天正8年(1580年)の再建で、装飾性の高い桃山様式を残し国指定重要文化財に指定されている。江戸時代には榛名山信仰と結びつき、近郊の白岩村の祈願所として保護された。坂東三十三観音第十五番札所「白岩観音」として、修験道の系譜を今に…