広島城は天正17年(1589年)、毛利氏の当主・毛利輝元が太田川河口のデルタ地帯に築城を開始し、文禄元年(1592年)頃に完成したとされる。中国地方の覇者・毛利氏の本城として機能し、五重五階の天守を備えた平城であった。その黒い下見板張りの外観から「鯉城(りじょう)」の別名でも呼ばれる。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、毛利氏は周防・長門へ転封となり、代わって福島正則が入城した。元和5年(1619年)には福島氏が改易され、浅野長晟が42万石で入封。以後、浅野氏が明治維新まで広島藩主として城を維持した。明治維新後は陸軍の拠点となり、日清戦争時には大本営が置かれた。しかし昭和20年(1945年…