1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が投下した世界初の原子爆弾「リトルボーイ」が広島上空で爆発した地。爆心地から約160mの位置にある旧産業奨励館(現・原爆ドーム)は奇跡的に外壁骨格が残り、核兵器の残酷さを伝える象徴として世界遺産に登録された。この一発の爆弾により、推定14万名(±1万)が1945年末までに死亡したとされる。広島平和記念公園には原爆死没者慰霊碑・平和の灯・原爆の子の像など多くのモニュメントが集中し、8月6日の平和記念式典には毎年首相・広島市長・各国大使が参列する。広島平和記念資料館は被爆の実態を伝え、核兵器廃絶の訴えを世界に発信する拠点となっている。「ノーモア・ヒロシマ」の言葉は核廃絶運動の世界的合言葉となっており、核保有国の指導者たちへの訪問要請が続いている。
1915年(大正4年)、広島県物産陳列館としてチェコ人建築家ヤン・レツルの設計により建設。1921年(大正10年)に広島県産業奨励館と改称され、地域の産業振興拠点として機能した。1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が投下した人類史上初の実戦使用核兵器「リトルボーイ」が上空約600mで爆発。爆心地から約160mという至近距離にありながら、建物の外壁・ドーム骨格が奇跡的に残存し、以後「原爆ドーム」と呼ばれるようになった。同爆発により推定14万人(±1万)が1945年末までに死亡したとされる。1949年(昭和24年)には広島平和記念都市建設法が制…