元和6年(1620年)、広島藩初代藩主・浅野長晟が、広島城下に構えた別邸の庭として作庭を命じた。設計を担ったのは、武将かつ茶人として知られる上田宗箇であり、池を中心に渓谷・山林・茶室・橋を配した回遊式庭園が整備された。「縮景」の名称は、中国浙江省の名勝・西湖の景観を縮めて映したことに由来するとも、「天下の景勝を庭中に縮め入れた」意とも伝わる。江戸時代を通じて浅野家の別邸として維持・整備され、歴代藩主の憩いの場であった。明治維新後は一時期、広島県の所管となり、明治時代には一般への開放も進んだ。昭和20年(1945年)8月6日の原子爆弾投下により、庭園内の建造物や樹木は甚大な被害を受けた。戦後、広…