大同4年(809年)、空海(弘法大師)が三滝山を訪れた際に開基したと伝わる高野山真言宗の古刹。境内を流れる駒ヶ滝・梵音の滝・幽明の滝の三つの滝にちなみ「三瀧寺」と称されたとされる。中世には戦乱の影響を受けながらも法灯を継ぎ、現存する本堂は室町時代に建立されたと伝わる。近世には広島藩の庇護を受け寺勢を保った。多宝塔は和歌山県の広八幡宮から移築されたもので、国の重要文化財に指定されている。近代においては明治の神仏分離令による影響を経ながらも寺観を維持した。昭和20年(1945年)8月6日の原爆投下では多数の市民が犠牲となり、境内は被爆者の遺体安置所としても使われたと伝わる。戦後は広島市民の慰霊の場…