廣田神社は『日本書紀』に記される兵庫最古の神社のひとつ。神功皇后が三韓征伐(西暦201年)からの帰途、天照大御神の託宣を受け、その荒魂「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)」をこの廣田の地に奉祀したと伝わる。平安時代には延喜式名神大社に列せられ、貞観10年(868年)には従一位の神階を授けられた。白河天皇の御代には朝廷が特に崇敬した二十二社の一社にも数えられ、格式の高さを誇る。京の都の西方に鎮座することから、公家たちが廣田神社への参拝を「西宮参り」と呼んだことが地名「西宮」の語源とされる。明治4年(1871年)には官幣大社に列格。近代では「勝運の神」…