大阪市北区兎我野町に位置する浄土宗の寺院で、文禄2年(1593年)、欣西法師により天満寺町に創建された。豊臣秀吉の大坂城下町整備に伴う六ヶ所の寺町造成時に建てられた寺院群の一つ。江戸時代中期、近松門左衛門が元禄16年(1703年)に発表した浄瑠璃『曽根崎心中』の「観音廻り」の一節に「あだのりんきや法界寺」と詠まれたことから、「法界りんき」(根も葉もない嫉妬の意)という慣用句の語源となった寺として近世文学史に名を留める。梅田の露天神社(お初天神)を舞台とする『曽根崎心中』は日本浄瑠璃史を代表する名作で、当寺がその詞章に登場することは、江戸中期の梅田・曽根崎エリアの寺町が庶民文化に深く織り込まれていたことを物語る。昭和26年(1951年)6月の火災で諸堂が全焼したが昭和39年(1964年)5月に現在の堂宇が再建された。大阪メトロ東梅田駅より徒歩6分。