社伝によれば承元年間(1207〜1210年)、彦坂村の鎮守として創建されたと伝わる。江戸期に編纂された『新編武蔵風土記稿』にもその名が記され、近世以前からの鎮守であったことが確認できる。もとは銅造の観音像を神体として祀っていたが、文化・文政期(19世紀初頭)に盗難に遭ったため、高さ約1.5mの石造観音像に代えて神体としたと伝わる。明治6年(1873年)に村社に列格し、明治41年(1908年)には無格社の山王社を合祀した。現在の社殿は昭和40年(1965年)の造営で、明治42年の入母屋造再建を経ている。六ツ川一帯の産土神として親しまれている。