創建年代は不詳だが、江戸時代には井土ヶ谷村の鎮守として祀られていた。海上・航海の守護神である住吉三神を主祭神とする。『新編武蔵風土記稿』には、山腹に85段の石段を設け、中腹に鳥居を構える村の中心的な社として記録され、近世の村落景観のなかで重きをなしていたことがうかがえる。明治42年(1909年)には、神明社・熊野社・十二所社・道祖神社・白山社・芦こね社の6社を合祀し、井土ヶ谷一帯の鎮守としての性格を強めた。昭和5年(1930年)の火災で本殿を焼失し、長く仮殿のままであったが、昭和44年(1969年)に本殿・鳥居・手水舎などを全面的に再建して現在の姿を整えた。