創建年代は不詳だが、寛永14年(1637年)に尼崎藩主・青山大蔵少輔幸成が上川原林を開墾して上新田村を成立させた際の記録に当社の名が既に見え、江戸初期には村の鎮守として機能していたことが確認される。祭神の市杵島姫命は宗像三女神の一柱で、素戔嗚尊の剣から生まれた海と航路の守護神。神仏習合の時代には弁財天と同一視され、当社も「弁天さん」として音楽・芸能・財運の信仰を地域に広めてきた。明治の神仏分離令以降は純粋な神社として再編されたが、「弁天さん」の呼び名は今も地域住民に親しまれている。近代の神社整理政策のもとで周辺の小社が合祀され、現在の姿に整えられた。西宮市内には厳島神社が3社現存しており、当社…