天平13年(741年)、聖武天皇の詔により全国60余か国に建立された国分寺のうち、伊豆国の国分寺として現在の三島市に創建された。創建当初は七重塔を擁する壮大な伽藍を備え、伊豆国における仏教文化と地方行政の精神的中枢として機能したとされる。平安末期の治承4年(1180年)以前、源頼朝が伊豆に配流されていた時代(1160〜1180年頃)には、当寺は伊豆国内の主要な宗教施設として頼朝の行動圏内に位置していた。中世以降は兵乱や火災などにより当初の伽藍は失われたとみられ、現存する堂宇の多くは江戸時代に再建されたものである。近代以降、発掘調査が行われ、奈良時代の創建期における伽藍配置や規模が考古学的に確認…