寺伝によれば創建は南北朝時代に遡り、もとは浄土宗の西光庵と称していた。その後、日洲(永禄3年/1560年寂)と雪天透瑞(天正14年/1586年寂)が曹洞宗に改宗し、寺号を泉龍寺と改めた。本尊の木造釈迦如来坐像は胎内銘によれば北条高時の持仏であり、脇侍の文殊・普賢両菩薩像とともに北条氏滅亡の際に家臣・小木宮内や阿部三左衛門らによってこの地に持ち込まれたと伝わる。境内には市内唯一の三重塔・仁王門・鐘楼(安永4年銘の梵鐘)・観音堂・白山稲荷弁天堂が立ち並ぶ。墓地には宝徳元年(1449)銘の墓石があり、市内最古の墓石とされる。武相卯歳観音霊場四十八ヶ所の第17番札所でもある。