創建年代は不詳。もとは「観音院」として十一面観音を本尊としていたが、後に不動明王を主尊とする慈眼寺と改称した。境内の観音堂に安置される十一面観音像は行基菩薩(668〜749年)の作と伝わり、「山城国清水の観音と同木」とされるなど、古代に遡る伝承を持つ。江戸時代には旧小机領三十三所子歳観音霊場の第29番札所として、12年に一度の子年に巡礼者が集まる霊場となった。『新編武蔵風土記稿』の橘樹郡巻に記録があり、近世には地域の信仰の拠点であったことが確認できる。寺山の地名自体、この一帯に古来から寺院・堂宇が存在したことを示す歴史的な地名である。