東京都町田市野津田町の野津田公園・自由民権資料館周辺に建立された記念像で、明治前期の三多摩(みたま)地域における自由民権運動を顕彰するために造られた。平成10年(1998年)2月1日、町田市市制40周年記念事業として建立。野津田町は明治期の自由民権運動において三多摩地域の重要な拠点のひとつであり、地元出身の自由民権運動家・石阪昌孝(いしざかまさたか・1841〜1904年)が当地(現在の牡丹園付近)を中心に学習会・演説討論会を開いて指導的役割を果たした。また安政6年(1859年)生まれの村野常右衛門(むらのつねえもん)は野津田町出身の民権家で、その生家が野津田公園内に町田市指定有形文化財(平成6年・1994年指定)として移築保存されている。像は独創力と情熱的な活動で三多摩の民権運動を牽引した先人たちへの敬意を表し、自由と権利を求めた時代の精神を今日に伝える。
野津田町と自由民権運動の関係は、明治14年(1881年)頃から始まる。地主・商人・農民層を中心に板垣退助(いたがきたいすけ)が起こした自由民権運動は全国に波及し、特に多摩地域(現在の東京都西部・神奈川北西部)は農民・地主が地方政府への参政権・憲法制定・議会開設を求めて活発に活動した地域であった。野津田町出身の**石阪昌孝(いしざかまさたか・1841〜1904年)**は弁護士・政治家として活躍し、地元の牡丹園あたりを拠点に多摩地区の民権家・農民たちと学習会・演説討論会を主宰し「多摩の民権王」とも称された。明治23年(1890年)、第1回帝国議会議員に選出されている。また野津田町出身の**村野常右…