昭和53年(1978年)1月21日に国指定重要文化財(建造物)に指定された江戸時代中期の農家建築で、薬師池公園(東京都町田市野津田町3270)内に移築復元されている。もとは同市小野路町に所在していた農民の住まいで、平成元年(1975年)に薬師池公園へ移築された。構造は「寄棟造(よせむねづくり)・茅葺(かやぶき)」で、桁行15.0m×梁間8.8m。平面は「古式な三間取広間型(さんまどりひろまがた)」——農家の最も原始的な間取りの一種で、1間の土間・1間の広間・1間の奥間という3列の空間構成を基本とする——をとり、側廻り(建物周囲の外壁部分)が閉鎖的な造りになっている点が特徴。江戸時代中期(17世紀後半〜18世紀初頭)建築と推定され、東京都下最古級の民家のひとつとして、神奈川県境にかけての多摩丘陵農家建築の分布を研究するうえで重要な遺構とされている。
旧永井家住宅の建立年代については明確な文書記録は存在しないが、建築様式の分析から江戸時代中期(17世紀後半〜18世紀初頭)の建築と推定されている。永井家は町田市小野路町に代々土着した農家で、江戸時代を通じて多摩丘陵の農耕文化を担ってきた。小野路町は中世の鎌倉街道(小野路越え)沿いの宿場町・農村として発展した地域で、江戸期にも農業・炭焼き・薪炭業などで生計を立てる山里の農家が点在していた。建物の「古式な三間取広間型」の平面構成は、多摩丘陵から神奈川・埼玉北部にかけて広く分布した農家建築の原型的な形式で、江戸中期以降に農村が豊かになるにつれ消滅していった古式。その古式が完全な形で残存する旧永井家住…