東京都指定有形文化財(建造物・「医家」)に指定された江戸時代末期の農村医家建築で、薬師池公園内に移築復元されている。荻野家はもと常陸国笠間藩(現・茨城県笠間市)の藩医師の家系で、多摩丘陵の農村地帯である三輪町に移り医業を開いた。主屋は入母屋造・妻入・茅葺で、桁行11.67m(6間半)×梁間8.18m(4間半)。農村の民家でありながら前面の土間部分に薬の調合室(調合座敷)を設けた町家風の構成が特徴で、農村部の医家建築として類例が少ない貴重な遺構。敷地内には薬医門(やくいもん・医師の家に許可された門形式)と板倉(いたくら・食料・財物の収蔵庫)が付属する。昭和49年(1974年)、地域開発に伴い元所在地の三輪町から現在の薬師池公園(野津田町3270)へ移築復元された。
荻野家の出自は常陸国笠間藩(現在の茨城県笠間市)の藩医師にあると伝えられており、江戸時代のある時期に多摩丘陵の農村地帯・三輪町(現在の東京都町田市三輪町)へ移り、医業を営んだ。建物の建築年代は江戸時代末期(幕末頃)と推定されている。当時の農村部において医師は士農工商の枠を超えた特別な地位にあり、農村の医師の家には武士・町人・農民の文化が混在した独自の建築意匠が生まれた。旧荻野家住宅はまさにその典型で、農村の民家でありながら前部に薬の調合室を設けた町家風の構成をもち、かつ「薬医門(やくいもん)」と呼ばれる医家に許された格式ある門を備えていた点に、農村医師の社会的地位と生活の特殊性が示されている。…