浄慶寺の歴史は安土桃山時代に遡る。前身寺院は尾張国中島郡富田村(現・愛知県一宮市富田)にあり、中島家・富田家が代々住職を務めていた。織田信長の時代に京都への移動を命じられ上洛することになった。
その後、浅井長政(近江小谷城主・信長の妹お市の方の夫)から本願寺上人の木像を賜った。この縁で、慶長9年(1604年)に現在の御幸町通夷川上るに寺地を得て堂宇を建立し、浄土真宗の寺院として正式に発足した。
江戸時代を通じて地域の念仏道場・菩提寺として機能してきたが、幕末の元治元年(1864年)に勃発した禁門の変(蛤御門の変)の兵火に巻き込まれて焼失した。しかし程なく再建され、真宗大谷派末寺として現在の…