勝福寺はもと「清水庵」「一條坊」と呼ばれた親鸞聖人の旧蹟に起源をもつ。建保2年(1214年)に親鸞聖人は越後(流罪)から関東(常陸・下野)へ移り、約20年にわたって布教を行った後、嘉禎2年(1236年)頃に京都に帰還した。その際に身を寄せたのが一条附近の「清水庵」とされており、聖人の晩年の居所・草庵として代々伝えられてきた。
当寺に伝わる「御生骨縁起」によると、聖人が清水庵に居住していた折に歯が抜け落ちた。その歯を所望した弟子の真仏房平太郎に対し、聖人は自ら木像を彫って与えたと伝わる。永正16年(1519年)には、本願寺第九世・実如上人(1458〜1525年)が当時の住職・一條坊善正に宛てた…