上泉城は、16世紀初頭(1500年頃)に上野国(現・群馬県)の国人領主・上泉氏によって築かれたと伝わる。城地は大胡氏の流れを汲む上泉氏の本拠であり、周囲に土塁や堀を巡らせた平城であったとされる。城主・上泉秀綱(後の信綱)は上野国の有力国衆・長野氏に仕え、その重臣として各地の合戦にも参加したと伝えられる。1560年代、武田信玄の侵攻により主家・長野氏が滅亡すると、信綱は城を去り諸国武者修行の旅へと出立した。その後、剣聖・上泉信綱として新陰流を大成し、「活人剣」の理念と袋竹刀による稽古法を広めた。上泉城はその後廃城となり、江戸時代以降は次第に耕地化・宅地化が進んだ。現在は城跡の遺構として土塁の一部…