天正年間(1573-1592年)、甲州武田家の家臣であった加藤丹後守信重が武田家滅亡後に甲斐国上野原より上目黒村に土着する際、故郷の産土神を勧請して創建したと伝わる古社で、祭神は素盞嗚尊・天照大御神・菅原道真。「氏子は疫病を知らず」と云い伝えられる悪疫除けの神として古くから信仰を集めてきた。明治11年(1878年)に上目黒の浅間神社を遷座し、明治45年(1912年)には北野神社を合祀した。正面の石段は文化13年(1816年)造で、明治38年(1905年)の大山街道(玉川通り)拡張の際に急勾配に改修され、今も往時の面影を留める。境内には別所坂上から移されたとされる「目黒富士」の石祠・石碑類が祀られ、岩倉具視別邸化に伴う浅間神社遷座の歴史を伝える。上目黒〜大橋エリアの産土神として現在も地域に親しまれ、甲州武田家遺臣の江戸近郊土着と信仰の伝播を物語る武家ゆかりの古社。