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金山城
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金山城
創建
1469
種別
アクセス
東武伊勢崎線太田駅からタクシー約15分
群馬県太田市金山町40-98
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基本情報
創建 1469
557年目
概要
新田氏ゆかりの金山山頂に文明元年(1469年)岩松氏が築いた関東屈指の山城。関東の中世城郭では珍しい石垣を多用した構造が特徴で、発掘調査により堀や石垣の遺構が復元整備されている。日本100名城のひとつに選定。山頂からは太田市から関東平野を一望できる絶景が広がり、歴史ファンのみならずハイキング目的の観光客にも人気の高い城跡。国史跡として発掘調査が続く学術的にも価値の高い中世城郭遺跡。
由緒
金山城は文明元年(1469年)、上野国の豪族・岩松家純によって金山山頂に築かれた。金山はかつて新田氏ゆかりの地として知られ、その歴史的・地理的重要性から要害の地に選ばれたとされる。岩松氏はその後、家臣の横瀬氏(後の由良氏)に実権を奪われ、16世紀中頃には由良氏が城主となった。戦国期には北条氏・武田氏・上杉氏らが争う関東の要衝として機能し、天正12年(1584年)に由良氏が北条氏に降ると北条氏の支配下に入った。天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐の際に廃城となったと伝わる。近代以降、城跡は国の史跡に指定され、発掘調査によって関東の中世城郭では珍しい石垣・堀・水の手などの遺構が確認・…
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豊臣秀吉とのつながり
天正18年(1590年)の小田原征伐で後北条氏が秀吉に降伏すると、北条方に属していた金山城も廃城となった。戦国期を通じて難攻不落と称された関東屈指の山城は、秀吉の全国統一を機にその使命を終え、今日では石垣・堀の遺構が往時の姿を伝えている。

ゆかりの人物
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