安和2年(969年)、南品川・常行三昧寺の住職尊栄法印が常陸国鹿島神宮から武甕槌命の御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。別当・来迎院を同時に創建し、慈覚大師作と伝える薬師如来像を安置した。大井村の総鎮守として崇敬を集め、渋谷氷川・世田谷八幡とならぶ江戸郊外三大相撲の一社として知られた。承応2年(1653年)に常行三昧寺が南品川へ移転し、明治元年(1868年)の神仏分離令で来迎院と分離して村社に列格。文久2年(1862年)造営の旧本殿は精緻な鎌倉彫が施され境内末社として現存し、昭和6年(1931年)に現在の檜造り本殿が造営された。昭和63年(1988年)にしながわ百景に選定された。