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川中島古戦場(八幡原史跡公園)
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川中島古戦場(八幡原史跡公園)
長野県
創建
1561
種別
史跡
アクセス
JR長野駅からバス約20分
長野県長野市小島田町1362
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基本情報
史跡
創建 1561
465年目
概要
長野県長野市に位置する、戦国時代に武田信玄と上杉謙信が五度にわたって激突した川中島合戦の主要戦場跡。八幡原史跡公園として整備され、信玄・謙信一騎打ちの像が史跡を象徴する。1561年(永禄4年)の第四次合戦は「川中島の戦い」として最も激戦とされ、両軍合わせて数千人の死傷者が出たと伝わる。公園内には戦いの経緯を伝える「川中島の戦い史跡公園」や「長野市立博物館」が隣接し、合戦の歴史を詳しく学べる。信州最大の歴史的観光スポットの一つ。
由緒
川中島は千曲川と犀川が合流する平野部に位置し、北信濃の支配権をめぐる戦略的要衝であった。戦国時代、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信はこの地をめぐって永禄元年(1558年)ごろから永禄7年(1564年)にかけて計五度にわたり合戦を繰り広げた。なかでも永禄4年(1561年)の第四次合戦は最大の激戦とされ、両軍合わせて数千人の死傷者が出たと伝わる。この際、武田方の本陣が置かれた八幡原において信玄と謙信が一騎打ちに及んだとの伝承が後世に広まり、合戦の象徴的な場面として語り継がれてきた。江戸時代以降、八幡原は合戦の故地として人々に意識され、碑や祠が建立された。明治以降は近代的な史跡整備が進み、昭和期に八幡…
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1561
川中島の戦い(第四次)
1561年9月10日、信濃国川中島(現在の長野県長野市川中島)で行われた武田信玄と上杉謙信の第四次合戦。五回に及ぶ川中島合戦の中で最大・最激烈な戦いとして知られる。謙信が「啄木鳥戦法」を見抜いた信玄の軍勢と川霧の中で激突し、両軍合わせて一万人以上の死傷者を出したとされる。謙信が信玄の本陣に斬り込み、信玄が軍扇で受けとめたという一騎討ちの伝説は後世に語り継がれている。両軍とも決定的な勝利を得られないまま引き分けとなったが、日本戦国史上最も有名な合戦として、両雄の気概と戦略が語り継がれる。
もっと詳しく →
武田信玄とのつながり
武田信玄は天文22年(1553年)から永禄7年(1564年)の間に上杉謙信と五度にわたり川中島で激突。最大の決戦となった永禄4年(1561年)の第四次合戦では、信玄が啄木鳥戦法を仕掛けるも謙信に読まれ、海津城(松代城)へ退く際に八幡原で壮絶な白兵戦となった。信玄は謙信の一騎打ちを采配の軍配で受けたと伝わる。
上杉謙信とのつながり
上杉謙信は信濃の諸将を助けるため五度川中島に南下し、武田信玄と死闘を繰り広げた。永禄4年の第四次合戦では妻女山から夜間に川を渡り、夜明けの霧の中で武田本陣に突入。謙信自ら馬を駆って信玄に斬りかかったとも伝わり、この一騎打ち伝説は川中島合戦の象徴として今も語り継がれる。

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