spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
長野県
>
長野市
>
JR長野駅
>
松代城跡
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
松代城跡
長野県
創建
1560
種別
アクセス
JR長野駅からバス約30分
長野県長野市松代町松代44
Google Map で開く ↗
基本情報
創建 1560
466年目
概要
長野県長野市松代町に位置する武田信玄が築いた海津城を起源とする城跡。川中島合戦(1553〜1564年)の拠点として機能し、武田・上杉両軍の激突の舞台となった歴史の地。後に真田信之が城主となり、松代藩10万石の居城として整備された。現在は国の史跡に指定され、二の丸北門・太鼓門などが復元されている。城跡公園として整備され、千曲川沿いの自然景観とともに散策が楽しめる。松代は幕末の象山神社など歴史的見どころが集中するエリア。
由緒
松代城(海津城)は1560年(永禄3年)、武田信玄が川中島に臨む要地に築いたとされる城である。山本勘助が縄張りを担当したとも伝わり、千曲川を天然の堀として活用した平城の形式をとる。築城後まもなく始まった川中島合戦(1553〜1564年)では武田軍の主要拠点として機能し、上杉謙信率いる軍勢と激しく争われた。武田氏滅亡後は織田・北条・上杉氏の支配を経て、江戸時代初期の1622年(元和8年)に真田信之が上田藩から移封され入城。真田氏は城下町を整備し、10万石の松代藩の居城として近世的な城郭に発展させた。真田氏はその後明治維新まで10代にわたって藩主を務めた。明治以降、建造物の多くが失われたが、198…
もっと読む
武田信玄とのつながり
海津城(現・松代城跡)は武田信玄が山本勘助に縄張りさせた川中島合戦の主要拠点。第四次合戦(1561年)では海津城の炊煙から謙信に戦略を読まれ、城から出陣した武田軍が八幡原で上杉軍と激突した。信玄の信濃支配を支えた北信濃経営の要衝。
上杉謙信とのつながり
妻女山に布陣した謙信が川中島を隔てて対峙した相手は、海津城(松代城)に入った武田軍であった。第四次川中島の戦いでは謙信軍が深夜に千曲川を渡って武田本陣を急襲し、松代城周辺の川中島一帯が戦国最大級の激戦地となった。

ゆかりの人物
2

みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U