社伝によれば天正4年(1576年)、小田原北條家の家臣・橋本伊賀守が守護神として大物主命を奉斎し、和田山の地に創建したと伝わる。江戸期には和田山の天徳寺(高野山真言宗)が別当を務める持神社であった。大正12年(1923年)の関東大震災で総欅権現造の社殿と69段の石段が倒壊し、昭和20年(1945年)の横浜大空襲で全焼した。戦後は境内が連合軍に接収されたため、御神体は北方の皇大神宮に仮遷座して祀られた。接収解除を経て平成3年(1991年)、実に45年ぶりに現在地へ社殿を再建して復興遷座を果たした。震災・戦災・接収という近代横浜の苦難を映す歩みを伝える古社である。