さいたま市見沼区膝子に立つ真言宗智山派の古刹。山号は八幡山(はちまんざん)、院号は明王院、本尊は不動明王。永正6年(1509年)の創建で、隣接する膝子八幡神社も同年に創建され、江戸時代を通じて満蔵寺が同社の別当寺として神仏習合の祭祀を担った。境内には二体のさいたま市指定有形文化財が伝わる。一体は嘉暦4年(1329年)銘の板石塔婆(高さ110.5cm)で、阿弥陀三尊の種子と光明真言・発願文を陰刻した鎌倉後期の石造遺品。もう一体は江戸時代の高僧・円空(1632〜1695年)が刻んだ木造阿弥陀如来立像で、一木鉈彫りの粗削りな造形の中に円空仏特有の微笑みをたたえる。北足立八十八ヵ所霊場の第71番札所としても知られ、巡礼者が訪れる。
永正6年(1509年)、膝子八幡神社と同時に創建されたと伝わる。真言宗智山派に属し、中興開山・榮深は元禄11年(1698年)に没している。江戸時代を通じて満蔵寺は膝子八幡神社の別当寺を務め、神事・仏事を一体に取り仕切った。境内で最も古い遺品は嘉暦4年(1329年)銘の板石塔婆で、創建(1509年)より約180年前に遡る。この年号は鎌倉幕府末期にあたり、当地が幕府の消滅以前から信仰の場であったことを示す。江戸中期、円空は延宝〜天和年間(1680〜82年頃)に膝子を初訪して阿弥陀如来像を彫刻し、元禄2年(1689年)頃にも再訪したとされる。円空は生涯に12万体以上の仏像を彫ったと伝わる旅の聖で、こ…