幽谿山密蔵院観音寺(ゆうけいざん みつぞういん かんのんじ)は、東京都世田谷区桜上水2丁目に建つ真言宗豊山派の寺院で、護国寺(文京区大塚)の末寺。慶長3年(1598年)、世田谷城主・吉良氏の家人・鈴木(穂積)重貞の養子である但馬定宗を開基、下野国都賀郡出身の頼慶法師を開山として創建された。
本尊は宝暦12年(1762年)に安置された不動明王立像。観音堂には**百体の観世音菩薩**が並び、玉川八十八ヶ所霊場(四国霊場の写し)の第45番札所として現在も巡礼者を迎えている。
境内には弘安年間(1278〜1288年)銘の石碑が残っており、この地域における鎌倉時代の信仰の痕跡として注目される。またかつては「提灯桜」と呼ばれる名桜が本堂前に存在し遠方からも花見客が訪れたが、現在は枯死して失われている。代わって秋のイロハモミジが境内を彩り、紅葉の名所として親しまれている。江戸時代は近隣の勝利八幡神社…
密蔵院の創建は慶長3年(1598年)に遡る。下野国都賀郡水代村の城主・榎本重泰・氏重親子が天正8年(1580年)に当地へ移住し、世田谷城主・奥州吉良氏の家人・鈴木(穂積)重貞と親しくなった。その後、二人を訪ねてきた下野の僧・頼慶法師と重貞が帰依の縁を結び、慶長3年(1598年)に重貞の養子・但馬定宗が開基となって頼慶を開山に招き、密蔵院観音寺を創建した。
開基に関わった鈴木重貞は、戦国期の世田谷城主・奥州吉良氏の家人地頭代であった。吉良氏は源氏の支流・足利氏の別流として中世関東に勢力を持ち、世田谷を拠点とした。豪徳寺(文明12年・1480年、吉良政忠開基)や北沢八幡神社(吉良頼康創建)と並ん…