神奈川県藤沢市宮前に鎮座し、鎌倉権五郎景正を主祭神に、早良親王・葛原親王・高見王・高望王の坂東平氏の祖を合わせ祀る神社。天慶3年(940年)、平将門の乱を鎮圧するため、村岡五郎良文(平良文)が御霊神社の神霊を勧請したのが起源。良文は桓武平氏の祖・高望王の子で、相模国村岡に拠点を構え坂東平氏の祖となった人物。後に同じく当地ゆかりの武将・鎌倉権五郎景正(後三年合戦で右目を矢で射られても戦い続けた伝説の坂東武者)も合祀された。宮前・川名・内野・村岡東・村岡西の旧村岡五ヶ村の総鎮守として、千年以上にわたり村岡地区を守護してきた。隣接する村岡城址公園は良文以来の村岡氏の本拠地跡で、神社・城址・武士供養塚(村岡五郎入道塚)が中世の坂東武者文化を今に伝える聖域を形成する。例祭は9月第2日曜日の秋祭り。JR藤沢駅から徒歩約25分・小田急藤沢本町駅から徒歩約30分。
天慶2年(939年)、下総国の平将門が新皇を称し関東を制圧した「平将門の乱」が勃発。乱の鎮圧に当たった朝廷方の武将のうち、相模国村岡(現・藤沢市村岡地区)に居館を構えていた**村岡五郎良文(平良文、886〜952年)**は、戦勝祈願のため京都の御霊神社から神霊を勧請して当社を創建したと伝わる。これが天慶3年(940年)の創建譚であり、平将門は同年に平貞盛・藤原秀郷らに討たれて乱は鎮圧された。
良文は桓武天皇の曾孫・高望王の子で、後の「坂東平氏(関東八平氏)」の祖。三浦氏・千葉氏・上総氏・秩父氏・大庭氏・梶原氏・長尾氏・葛西氏など中世関東の有力武家はすべて良文の子孫から派生し、その祖発祥の地が藤…