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妙遠寺(川崎・長継山)
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妙遠寺(川崎・長継山)
神奈川県
創建
1601
種別
寺院
アクセス
JR川崎駅から徒歩9分、京急川崎駅から徒歩6分
神奈川県川崎市川崎区宮前町8-5
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1601
425年目
御祭神・御本尊
三宝尊
宗派
日蓮宗
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「三宝尊」のご神徳に由来
概要
神奈川県川崎市川崎区宮前町に所在する日蓮宗の寺院。山号は長継山、本尊は三宝尊。慶長6年(1601年)、徳川家康の代官で二ヶ領用水・六郷用水を開削した小泉次大夫吉次が、武蔵国中原郡小杉陣屋(現・中原区小杉陣屋町)の裏手に廃寺を再興して「妙泉寺」と名付けたのが起源。慶長17年(1612年)、安房国小湊の保田妙本寺から蓮住阿闍梨日純が招請され、2代将軍徳川秀忠から川崎宿砂子(現在地周辺)に寺地を拝領して妙泉寺を当地へ移し、「妙遠寺」と改称した。徳川将軍家ゆかりの創建と、川崎宿中心部への遷座を経て400年以上の法灯が続く。境内には「泉田二君功徳碑」が立ち、用水開削で功績のあった小泉次大夫と、享保期に川崎宿の財政を立て直した大名主・田中休愚(丘隅)の二人を顕彰する——田中休愚の功績碑文はこの妙遠寺境内の刻文によって今に伝えられる。昭和20年(1945年)の川崎大空襲で焼失したが戦後復興。昭和27年(…
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由緒
慶長6年(1601年)、徳川家康の代官・小泉次大夫吉次が武蔵国中原郡小杉陣屋裏手に廃寺を再興し「妙泉寺」と命名。慶長17年(1612年)、2代将軍徳川秀忠が川崎宿砂子に寺地を下賜、保田妙本寺から招請された蓮住阿闍梨日純のもと当地へ移転し「妙遠寺」と改称。境内の「泉田二君功徳碑」は用水開削の小泉次大夫と、享保期に川崎宿財政を立て直した田中休愚(丘隅)を顕彰するもの。昭和20年川崎大空襲で焼失、戦後復興、昭和27年(1952年)区画整理で現在地に再移転。
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