天長7年(830)、慈覚大師円仁が淳和天皇の勅許を得て創建したと伝わる天台宗の寺院で、正式名称を星野山無量寿寺中院という。無量寿寺はかつて北院・中院・南院の三院からなる大寺で、中院は室町時代に東国580余ヶ寺の本山として隆盛を極めた。江戸初期に天海大僧正が北院(喜多院)に入ってからは喜多院が主導する形となったが、中院は天台の別格本山として法灯を伝えた。円仁が京都より茶を持ち帰り境内で栽培を始めたことが狭山茶の発祥とされる。明治以降は文豪島崎藤村との縁が深く、義母・加藤みきの墓があるほか、藤村が贈った茶室「不染亭」と藤村直筆の「不染の碑」が残る。境内は川越市指定史跡、中院文書は川越市指定有形文化…