中の山古墳は埼玉県行田市のさきたま古墳群を構成する古墳のひとつで、6世紀中頃に築造された帆立貝式前方後円墳に分類される。全長は約53メートルとされており、前方部が短く円形部が大きい独特の形状を持つ。帆立貝式という形態は、ちょうど前方後円墳と円墳の中間的な形態として全国的に見られる類型であり、被葬者の地位や時代的変遷を示す指標ともなっている。さきたま古墳群の中で中の山古墳は西側のエリアに位置し、周辺の大型古墳と一体的に公園整備されている。関東地方の古代豪族が築いたこの一帯の古墳群は、古代武蔵国の政治的中心地であり、大和政権との連携を示す前方後円墳文化が開花した場所である。国宝の金錯銘鉄剣が稲荷山古墳から出土し「ワカタケル大王」=雄略天皇の名が刻まれていたことで、ヤマト王権の東国支配の実態が明らかとなった。中の山古墳もその歴史的文脈の中で重要な位置を占めている。