推古天皇元年(593年)、聖徳太子が創建したと伝わる。太子が千手観音を刻み本尊として安置したとされるが、創建当初の詳細は伝承の域を出ない。平安時代には西国三十三所第二十四番札所として霊場の地位を確立し、観音信仰の拠点として広く知られた。中世には兵火により伽藍が焼失したと伝わるが、豊臣政権期に転機が訪れる。文禄・慶長年間(1592〜1615年頃)、豊臣秀頼が大規模な再建を行い、現在に残る伽藍の基礎が整えられた。江戸時代には安産祈願の霊場として信仰を集め、徳川将軍家をはじめ武家・庶民を問わず広く崇敬を受けた。明治以降も真言宗中山寺派の大本山として宗教的権威を保ち、近代的な整備が進められた。現在も五…