茨城県日立市入四間町、標高530mの御岩山中腹に鎮座する古社。主祭神は国之常立神・大国主神・伊邪那岐命・伊邪那美命ほか22柱、御岩山全山では188柱もの神々を祀ることで知られる「神々の山」。本宮(拝殿)の背後には表参道奥宮の「かびれ神宮」(天照大神・邇邇藝命・立速日男命)と裏参道奥宮の「薩都神社中宮」が控え、御岩山全体を一つの巨大な聖域とする山岳信仰の典型的形態を残す。御岩山中からは縄文晩期の祭祀遺跡が発掘されており、奈良時代の『常陸国風土記』(713年)に「かびれの高峰に天つ神鎮まる」と記された日本有数の古代祭祀地である。江戸時代には水戸藩初代藩主・徳川頼房が出羽三山を勧請、二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)が「御岩大権現」と改称し『大日本史』編纂時にかびれ神宮の池の水で筆染めの儀を行った。明治の神仏分離・廃仏毀釈の嵐の中でも仏像を完全には引き渡さず、斎神社には茨城県指定有形文化財の大日如来…
御岩神社の創建年代は文献に明記されないが、御岩山中から縄文時代晩期(紀元前1000年頃)の祭祀遺跡が発掘されており、古代以前から信仰の対象であったことが考古学的に裏付けられている。文献上の初出は奈良時代和銅6年(713年)成立の『常陸国風土記』で、「かびれの高峰に天つ神鎮まる」と記され、すでに国家的に認知された霊地であったことが分かる。「かびれ」は現在の「賀毗禮(かびれ)」「かびれ神宮」へと続く古名である。中世には御岩山が常陸国における山岳信仰・修験道の中核地となり、修験者が登拝する厳しい行場として知られた。江戸時代に入ると水戸藩の祈祷所として藩主家の篤い崇敬を受ける。元和8年(1622年)頃…