岡城は文治元年(1185年)、緒方三郎惟栄が源義経を迎えるために築いたと伝わるのが創建の起源とされる。中世には大友氏の支配下に入り、豊後の要衝として機能した。天正14年(1586年)、島津氏の侵攻に際して志賀親次が籠城してこれを撃退し、岡城の堅固さを天下に示した。関ヶ原の戦い後の慶長6年(1601年)、中川秀成が岡藩主として入封し、近世城郭として大規模な改修・拡張が行われた。以降、中川氏が明治維新まで約270年にわたって岡藩7万石の居城とした。明治7年(1874年)の廃城令により建造物は取り壊されたが、断崖上に築かれた壮大な石垣群は現存する。明治時代に廃城跡を訪れた作曲家・滝廉太郎は、この荒廃…