立本寺の起源は元亨元年(1321年)にさかのぼる。日蓮の直弟子・日像上人(1269〜1342年)は師の遺命を受けて京都弘教に挺身し、比叡山など既成仏教勢力による三度の流罪を乗り越えながら辻説法・法論を重ね、四条大宮に妙顕寺龍華院を開いた。これが洛中における日蓮宗最初の道場とされる。1416年ごろに「立本寺」の寺号を正式に称するようになった。
最大の法難が天文法華の乱(天文5年・1536年)である。比叡山延暦寺の衆徒が六角氏らの兵と結び、洛中法華21ヶ寺をすべて焼き払った(本圀寺を除く)。教団は和泉の堺へと避難を余儀なくされたが、天文11年(1542年)後奈良天皇の勅許を得て帰洛。1544年に…