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龍安寺
京都府
創建
1450
種別
寺院
アクセス
京都市バス「龍安寺前」下車すぐ
京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町13
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基本情報
寺院
創建 1450
576年目
御祭神・御本尊
釈迦如来
宗派
臨済宗妙心寺派

この地で詠まれた句
1

遅き日のつもりて遠きむかしかな
与謝蕪村 1773年
季語
遅日(春)
日永き春の一日一日が積み重なって、遠い昔となってゆく、という時の流れの感傷。蕪村の抒情性の粋。
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
概要
枯山水の石庭で世界的に知られる臨済宗妙心寺派の禅寺で世界遺産。応仁元年(1467年)に細川勝元が創建。白砂に7・5・3と配された15個の石は禅の精神を体現し、どの角度からも全ての石を同時に見ることができない謎めいた構成は哲学的考察を呼び起こす。秋の紅葉と石庭の対比も見事で、鏡容池の水面に映る景色も美しい。方丈の雪景色は極めて幽玄で、哲学者や芸術家から「世界一美しい庭」と称されることも多い。衣笠山のふもとに佇む金閣寺・仁和寺と並ぶ北山文化の代表的寺院。
由緒
宝徳2年(1450年)、室町幕府管領・細川勝元が徳大寺家の山荘を譲り受けた地に、妙心寺義天玄詔を開山として創建。妙心寺の塔頭として発足した。応仁2年(1468年)に応仁の乱で西軍の攻撃を受け焼失。勝元の子・細川政元が長享2年(1488年)に再建に着手し、四世住持・特芳禅傑とともに復興させた。明応8年(1499年)に方丈が上棟され、有名な方丈庭園の石庭もこの頃に作庭されたとされる(作庭者は不詳)。白砂を敷き詰めた約75坪の長方形の空間に、東から5・2・3・2・3と15個の石を配置する枯山水は、いずれの方角から眺めても一つの石が他の石に隠れる構成で、禅の「不完全の美」を象徴する傑作として知られる。…
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関連する歴史的事件
1

1483
東山文化
15世紀後半、8代将軍・足利義政の東山山荘(銀閣を含む)を中心に展開した文化。応仁の乱(1467-77)後の動乱のなかで、簡素・幽玄・侘び・禅の精神性を重んじる日本独自の美意識を確立した。銀閣(慈照寺観音殿・1489年造営)と東求堂同仁斎は書院造の原型。書院造は近代和風住宅の源流となり、畳・障子・床の間・違い棚・付け書院などの要素を備える。枯山水庭園(龍安寺石庭・大徳寺大仙院)、水墨画の大成(雪舟『四季山水図巻』『秋冬山水図』)、侘び茶の創始(村田珠光)、華道(池坊専慶)、能の台頭、連歌(宗祇『新撰菟玖波集』)など、後の日本文化の骨格が形成された。
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