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妙顕寺
京都府
創建
1321
種別
寺院
基本情報
寺院
創建 1321
705年目
御祭神・御本尊
三宝尊
宗派
日蓮宗
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「三宝尊」のご神徳に由来
概要
元亨元年(1321年)に日像上人が創建した日蓮宗の大本山で、京都に建立された最初の日蓮宗寺院である。後醍醐天皇から法華宗号の勅書を賜り、勅願寺としての格式を誇る。本堂は豊臣秀吉が聚楽第から移築したものと伝わり、桃山建築の壮麗さを残す。庭園「四海唱導の庭」は白砂と石組みで法華経の世界観を表現した枯山水で、春には枝垂れ桜が美しく咲く。西陣の織物問屋が並ぶ地域に位置し、職人文化と深い結びつきを持つ。夜間特別拝観では庭園のライトアップが行われ、幻想的な光景が広がる。
由緒
元亨元年(1321年)、日像上人によって京都に創建された日蓮宗最初の寺院である。日像上人は日蓮の孫弟子にあたり、布教のため幾度も京都を訪れた末に当寺を開いたとされる。後醍醐天皇より「法華宗」の号を賜り、勅願寺として格式を確立した。室町時代には足利将軍家の帰依を受けて隆盛したが、天文法華の乱(1536年)では延暦寺の攻撃を受けて焼失し、一時堺へ退去を余儀なくされた。天文11年(1542年)頃に京都へ帰還し、再興を果たした。近世には豊臣秀吉の保護を受け、聚楽第の建物が本堂に移築されたと伝わる。これにより桃山文化の面影が境内に残ることとなった。江戸時代を通じて日蓮宗の大本山としての地位を維持し、西陣…
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豊臣秀吉とのつながり
天正16年(1588年)から天正19年(1591年)まで、秀吉はこの妙顕寺の境内に「北政所御里亭」と呼ばれる御殿を造営し、正室・ねねの里御殿として使用した。また本堂(国宝指定前)は秀吉が聚楽第の主殿を移築・寄進したものと伝えられ、桃山建築の遺構が境内に息づいている。

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