慶長13年(1608年)、加賀藩祖・前田利家の正室であるまつが、夫の菩提を弔うために大徳寺の塔頭として創建した。まつは出家して芳春院と号し、この法名がそのまま寺名となった。前田利家は慶長4年(1599年)に没しており、まつはその後江戸に人質として赴くなど波乱の生涯を送ったが、晩年は京都に戻り寺の整備に尽力したとされる。まつは元和3年(1617年)に没し、以後芳春院は加賀前田家の菩提寺として代々の藩主によって守護された。境内に建つ二重楼閣・呑湖閣は、金閣・銀閣・飛雲閣と並び「京の四閣」に数えられる名建築で、琵琶湖を望む雄大な眺望を持つことからその名がついたと伝わる。庭園「花岸庭」は江戸時代初期の…