慶長7年(1602年)、肥前の大名・寺沢広高が築城を開始し、慶長13年(1608年)頃に完成したとされる。唐津湾に突き出した満島山の高台に築かれた海城で、松浦川河口と玄界灘を天然の堀として活用した堅固な縄張りを誇った。寺沢氏は島原の乱(1637〜38年)後に改易となり、その後は大久保氏・松平氏など幕府譜代の諸藩が藩主として入れ替わり、江戸時代を通じて唐津藩の政治・行政の中枢として機能した。明治維新後の廃城令(1873年)により建造物は解体・撤去され、城地は旧陸軍の用地として転用された。その後、城跡は公園として整備され、昭和41年(1966年)に天守閣が外観復元された。現在の天守内部には唐津の歴…