延喜10年(910年)、北野右近馬場にあった桜の大樹に紫雲がたなびき日輪が降臨したという霊瑞を機に、霊宮を造営したのが創建の由緒と伝わる。
室町時代、二代将軍・足利義詮は後継ぎに恵まれず、当社に子宝を祈願したところ男子が誕生した。その男子こそが三代将軍・足利義満であり、このことから足利将軍家の崇敬を集めた。室町末期には疫病が流行した際に多くの氏子が当社に祈願し、病を免れたとされる。
元禄7年(1694年)には、但馬国(現・兵庫県北部)の荒木氏の妻が難病に苦しみ当社に祈ったところ全快したことへの感謝として、拝殿を寄進したと記録されている。現在も千本通に近い地域の産土神として、初詣や七五三に参…