寛弘4年(1007年)、一条天皇の勅命により、前年に没した陰陽師・安倍晴明の屋敷跡に創建された。晴明は平安中期を代表する陰陽師であり、天文・暦・占術に秀でた人物として朝廷に重用された。創建当初から朝廷の崇敬を集めたとされるが、中世には戦乱や都市の変遷のなかで社域が縮小し、往時の広大な境内は失われたと伝わる。近世には豊臣秀吉による京都の都市改造(天正年間)の影響を受け、境内がさらに縮小されたとされる。江戸時代には地域の崇敬社として維持されたが、大規模な整備には至らなかった。明治時代以降、近代社格制度のもとで府社に列せられ、社殿の整備が進んだ。20世紀末から21世紀初頭にかけて陰陽師ブームが起こる…